ガンパレードマーチ アナザー・プリンセス 書評

   ***   神主様のありがたいお言葉   ***





    安定は腐敗を呼び、腐敗はさらなる安定を供給する。





さて。某所にて、聖職者らしく大勢の子供達と遊んであげていたところ、こちらの更新ペースが落ちてしまった。改めて思うが、聖職者というのも大変なお仕事である。
しかし月に消費する本の量はと言えば全く変わらない為、書評はいくらでも書ける。今後は少しペースを上げてゆきたい。
今日は時事ネタに関係ありそうでいで実はそうでもない、こちらの本について語ってみたい。





ガンパレードマーチ アナザー プリンセス】





芝村裕吏である。「ガンパレード・マーチ」の芝村と言った方が分かりやすいだろう。
かつて開発途中のゲームを未完成のまま売り出さざるを得なくなり、広告費ゼロのまま世に放ったにも関わらず口コミでバカ売れさせ、コンシューマゲーム界のダークホースとして所属会社アルファシステムの名を知らしめ、その後しばらくゲーム誌記者達に熊本詣でを義務付けることになった…とも言われる芝村裕吏である。ちなみにこのゲームは発売から20年近く経った今でも中古で5000円台で売られていたりするのが普通である。プレイステーション1のソフトが、そこまで品薄でもないのに、である。凄まじい。
とまあ、ゲーム製作者としての名前の方がよく知られている、芝村裕吏なわけだが。
どちらかと言えば作家として大成して欲しかった人物でもある。
著作はあまり多くない。殆どがゲーム関連のノベライズであり、本書もまたそうである。
だが、芝村の文章は、非常にわかりやすく無駄が無い。
ラノベの中にはぐだぐだと長文をこねくりまわして状況説明に終始するものも多く、話の流れと雰囲気だけで既に説明が完了しているものを、わざわざ地の文で長々と再説明するタイプの作品はページを追うだけでも非常に退屈であり、たまに混ざっている会話文だけ追っていけばストーリーが見えてしまう、というような作品もザラだ。
が。芝村の著作は読んでいる間もまったく気が抜けない。
常に読者の裏をかこうとする習性が見え隠れする文体には、次の展開を悟らせない無表情さがあり、また詳細な説明を読者の読解力に委ねる表現も多く、それでいて読んでいて全く疲れない。
たとえるならばさながら、頑固親父の板前が、無愛想に出してきた、見えないところで客への気遣いに満ち溢れる一品料理…のような文章である。
読者の思考の動きを病的なまでにトレスしつつ書いている証拠であろう。
だいたいこのくらいの文庫本なら一時間くらいで読み終えてしまうのだが、この本の場合二時間かかった。
読んでいて頭を使う。色々考えて補足し、納得する。しかし疲れない。どころか心地よい。
日本文壇に名高い某文豪の遺した数々の著作には、理解するにあたって「行間を読め」などと言われる事がよくあるが。
この手の、読むにあたって読者の目だけではなく頭も程よく使ってくれる作品は、読書行為の一歩奥にある楽しみを提供してくれるので、とても心地よい。



…と、ここまで書いて本書の内容に全く触れてない事に気づいた。
本書はゲームのスピンアウト作品のノベライズではあるが、ゲームも、スピンアウト作品も、一切知らなくとも楽しめるものとなっている。
と、こういうアオリはよく見かけるものだが、本書においては作者がその高い情報伝達性を有する簡素な文体において、複雑な設定もざっくり説明しているので安心である。
ストーリーは至ってシンプル。結末までまっすく一本道の作品である。
タイトルのアナザープリンセスはあまり気にしなくてよい。複数の意味で空気である。
結末は、恐らく大半の読者が、えっそこで終わりなの、と思うこと受け合いであろうと思われるが、本書一冊を使って延々と作者がクローズアップしてきたものは何だったのか、という事を改めて考え直すと、綺麗な形にまとまっていると見る事ができるだろう。
戦争状態に陥った日本を舞台とした話の為、登場人物達は基本的に明日が来るという保障のない日々を生きており、身近な死、死の至近性こそが常識となっている。平和な日常に暮らす我々との差、未来に対する認識や死生観というものにおける大きな断絶にはことあるごとに触れられ、簡素な文体ながら大きくページが割かれている。
が、これが数十年前にはこの国にも当たり前に存在しただろう考え方であり、現在も戦争状態にある他国においては別に珍しくもなさそうな死生観であったり、あるいは未来における我々の常識であるのかもしれない、などと考えてみると、たかがラノベの内容、と笑い飛ばせないものもある。
繰り返される国境侵犯やら国土の実効支配、集団自衛権を巡る論議やら何やらで色々きな臭い世の中であり、武力行使もやむなしの情勢へと傾きつつある現状、神主とは右翼的な言動を強いられる仕事なのだが、私個人としては正直どうでもいい。
戦闘行為を目的とした訓練を日々積んでいる自衛隊を戦闘に送り出すのは別に普通だと思うし、知らないところで知らない人達が殺し合いをしていてもどうせいつもと同じ海外のニュース映像くらいにしか捉えられないと思うが、戦闘の志願者以外を戦争に駆り出すシステムである徴兵制だけはやめて欲しい、とは本書を読んで改めて思った。






【まあどうせ駆り出されんのは若い人だろうけど】