人生 書評

    ***   神主様のありがたいお言葉   ***



清貧であり謙虚であり正直であるべきは無数の凡俗であり、聖職者ではない。





私は活字中毒レベルの濫読家ではあるが、流行り物にはあまり手を出さない。なぜなら流行り物は古本屋においても特設コーナーに展示され、値段が普段の倍くらいに引き上げられているからだ。
ただ。あまり売り場に力を入れてない古本屋だと、初版日のみを見て古本の値段を設定するため、流行り物でも100円や50円で売っている事もザラだ。
こういうやる気のない古本屋にこそお宝が眠っており、だいたい2〜3ヶ月寝かせてから店を訪れると、「値崩れしたら読もうか」程度に考えていた本を、想定していなかった安値で、大量に仕入れる事ができる。
で。そうやって手に入れたうちの一冊が、本書である。







【人生】



映像化の話と相まって先に聞こえてきたのが“著者の経歴“であった為、正直、本シリーズには偏見を抱いていた。
著者は早稲田の教育学部卒。
そして「川岸殴魚」という文士めいたペンネーム。
加えてシリーズ名の『人生』。
で――、表紙はライトノベルまるだしで、話の内容もライトノベル
正直、高学歴の文学部出にありがちな、純文学の文壇に入り損ねてラノベ界に流れてきただけの、ブンガクシャ崩れかな…。と思っていた。
まあ、そういう奴の転落ぶりやら、わずかに残された文学への拘泥やら、未練。
そういったものを、編集された文章の中から敏感に感じ取ってゆくのも読書体験の楽しみの一つというものであり、ニヤニヤが止まらないものでもある。
というわけで。ニヤニヤしながら頁を開いたのであるが、いや正直驚かされた、これがなかなかどうして、しっかりとラノベをやっているのである。
速い。とにかく展開が速い。展開が速くて文章に無駄がない。かつ状況がわかりやすい。
主要登場人物五人の紹介をわずか七頁で終え、その後目に見えた補足がないのは、流石に驚嘆の一語に尽きる。
お話としては、「高校生男子が同級生三人と人生相談を受け持つ」という、ごく普通で、単純で、日常系ラノベにありふれたものに過ぎない。
だが、“あらすじだけ書くと物凄くつまらないライトノベルに見えてしまう点”こそが本書の大きく損している部分であり、これは私のような偏見持ちや食わず嫌いに対して門戸を閉ざす原因となっていると思われる。
「さすがは映像化されるだけの事はある」というのが読後の最初の感想であり、本書は普通のライトノベルとはやはりほんのちょっとだけ違う。
ほんのちょっとだけ違うのだが、それがどう違うのかを説明するのが、とても難しいのである。
進路別にタイプファイされた三人の同級生のキャラクターの差異はとてもわかりやすいものであって、その断絶こそが本書の面白さのキモとも言えるのだが、まあ正直その程度の作品ならば誰にでも書ける。
加えて、三人のキャラクターがあくまでも典型的な類型を出ないものであれば、ここまで巻数を重ねる事もなく、まだ映像化の話も来なかったであろう。
主人公の高校生男子はまともであるのだが、三人の同級生ははっきりと異常である。
……ではあるのだが、同級生達のその異常さを見え隠れさせる事で、普通の日常系ライトノベルとの差別化を計っているのかというと、別にそういう事でもない。
三人はそこまで型破りでもないし、異質でもないし、また病んでいるというわけでもない。
展開もまた、ラノベ的なお約束を外すようなものではなく、あくまでも一般的なものに過ぎない。
しかしながら。
この三者が言葉を交わす段になると、話の異常性が一気に増す。
というよりは、常識が異常性と置き換わってしまう、と言うべきかも知れない。
展開の早さと状況説明のわかりやすさに引き込まれ読み始めたももの、たった20〜30頁読んだあたりでひと息入れざるを得なかったのは珍しい経験であった。
ずれた常識と相互不理解とを、前提知識として交わされ積み重なってゆく会話のスピードに、理解が追いつかない。突っ込みが追いつかない。
しかし不快ではなくて、あくまでも面白い。
だが交わされる遣り取りはどこまでも狂っていて、しかもその狂気は放置され、さらなる狂気を呼ぶ。
そして、異常性を内包する会話文と、淡々とした個性のない地の文。平然と並べられるこの両者の対比がまた、奇妙な読後感を生んでいる。
この、一連の会話文に現れ出てくる狂気のようなものこそ、おそらくは真似しがたい作者の持ち味というものであり、また、確かにラノベでこそ生かされるものであるだろう。
ここまで言葉を連ねながら何だが、この作者の文章の特異性を今ひとつうまく伝えられないのが、どうにももどかしい。
この作者には会話文の名手という認識を持った。
気になって作者の前シリーズの事を調べてみたが、10巻近くまで巻を重ねていた。名前は知らなかったが、やはり一定の評価を得ていた作家という事か。






【隠さない腹黒さ=率直な正直さ】