六花の勇者 五 書評

四ヶ月書いてなかったのか。フロムソフトウェアこわいとだけ言っておこう。
やべえ書き方とか超忘れた。このへんのテンプレ後で書こう。



六花の勇者 五】




さて以前に紹介したのは1巻だったが、こちらは一気に飛んで5巻。
とはいえ2〜4巻でやってる事は1巻と特に何も変わりがなく、5巻でもまた同じような逡巡を繰り返している。しかしそれでも面白いというのが、本書の不思議な魅力でもある。
さて、本書にはあまり関係ないのだが、「人狼」というゲームがある。
村人達の中に紛れ込んだ数人の狼男が、一晩に一人ずつ村人を食い殺してゆく。
それを防ぐため、村人たちは怪しいと思った相手を選んで投票し、最も票の集まった者を一日に一人ずつ処刑してゆく。
その判断材料は、昼間に村で交わされる討論のみ。
最終的に、狼男がすべて処刑されれば村人陣営の勝ち。
逆に、村人が食い殺されるか処刑されるかして狼男達と同数しか残らなくなると(もはや投票でも不利を覆せなくなるので)狼男陣営の勝ち…というルールの、思考ゲームである。
村人達にも色々と特殊能力があったり、狼男がそれを騙ったり…と、色々と細かいルールや複雑な定石もあって、駆け引きのとても重要なゲームである。
リプレイ(このゲームを実際に遊んだ際の会話内容を記録し読み物としたもの)を読むと又、このゲームの面白さがよく伝わってくる。
で、本書の話に戻るわけだが。
本書は、1〜5巻は、このゲームに非常によく似ている。
このゲームの面白さを抽出した作品だと言ってもよい。
徹頭徹尾仲間同士で疑い合う事に終始している。
仲間同士の殺し合いが一冊に一度は登場する。
というか本来の敵であるはずの魔物との戦闘がオマケ過ぎて片手間過ぎる。何しろ戦闘中も仲間の動向に目を光らせてばかりいる。集中しろ。
むしろ身近にいる“裏切り者”という敵があまりに脅威過ぎる為、ぶっちゃけ魔王とかかなりもうどうでもよくなってきている。魔王を倒す為の六人の勇者のはずなのに。まあ六人のはずが何故か八人いるんですが。
さんざん仲間内の殺し合いをしてきた六花の勇者だが、それでいて一人も欠ける事無く無事にお互いを疑い続けている六花の勇者だが、5巻たる本書では、遂にパーティーが分裂してしまう。
ちなみに今までは“敵中孤立の身の上で戦力の分散はまずいから”みたいな理由で、お互いをとことんまで疑いぬいてはいたもののパーティー分裂まではしなかった。
今回はとうとうパーティー分裂と相成ったが、これは別に敵がいなくなったとかそういう安心できる理由では特になく、特定の二者の見解が乖離し過ぎて(要するにお互いが相手を“裏切り者”と断定した為に)、もうこれ以上お互いが信じられなくなったから二派に分裂したに過ぎない。ああもう。本当に大丈夫なのかこのパーティー
ちなみに、意見が対立したのは卑劣戦士アドレットと田舎猫流暗殺者ハンスである。
アドレットは唯一、物語の初めから登場し、この物語の主観視点の保持者みたいな描かれ方をしていた。
そしてハンスも、一度心臓を停止させられたものの六花の勇者の紋章が消えなかったという一事から、潔白が証明されている。
どうも潔白そうで裏切り者ではないっぽいこの両者が、信頼できる仲間同士として結びつくのではなく、むしろ、意見を異にして袂を分かってしまう。仲間達もまた迷い、疑い、信じる相手を選択させられる。
この構図とこの光景こそ、混乱の坩堝を描く作者の筆致の極まるところではあるのだが。
――どうも、ここへ来て話運びがきな臭くなってきた。
5巻は、主観視点者に最も近い立ち位置で描かれてきたアドレットへの疑いを強く匂わせ、終わる。
読者としては「えー? 今更、5巻にもなって今更アドレットが裏切り者でしたみたいな方向に持ってくのかよー?」と思わされざるを得ない。
まあ作者の事を考えるならば。ここからさらにひっくり返してくる事も十分に考えられるし、それに、仮に“アドレットは本当に自覚なき裏切り者でした”という路線でこのまま進めるのであっても、「じゃあ、裏切り者なんて最初からいなかったんだ」…みたいなエンドにはどうにか辿り着けそうでもあるから、それでも別にいいとは思う。
とは言え、どうあれ。
お話がもうここまで来たのであれば。
主観視点を利用した叙述トリックは卑怯だとか、京極夏彦がどうとか、ウブメの夏がどうとか、もうそういう細かい文句はつけないから。
作者にはただただ、どうか物語の最後まで、楽しませて欲しい。
そう願うばかりである。





【パーティーの隊列というか並び順を見るだけでも色々面白い】