さて、今日は「目明し編」&「綿流し編」において詩音に奇襲をしかけた梨花について、考察をしてゆきたいと思います。


 家に醤油貰いにきたクラスメートが豹変して注射器と催涙スプレーで襲い掛かってきて殺し合いになるこのシーンは何度読んでもおっかないばかりですが、
 ……この奇襲、よくよく考えると奇妙な事だらけだったりします。


 とりあえず、同日(21日)学校での詩音、梨花、圭一のやりとりをはじめとする、「なぜ梨花が詩音の元を訪れたか」についてはまだ考えないものとします。
 奇襲の状況のみから、不審点を列記していきます。



 まずあちこちで言われているのが、なぜ梨花が襲撃者なのか、という事。
 平時から察する肉体能力の面のみで断ずれば、年上で能力もまた高い魅音(詩音)を仕留めるのに梨花では不足の感が拭えません。
 髪を掴んで地べたに引きずり倒しマウントポジションを取るなどという露骨に喧嘩慣れした立ち回りを見せてもいますが、両者のせめぎ合いは結局、梨花の敗北に終わります。
 敗因は、接近時に催涙スプレーを噴射しその影響を被った隙に体勢での優位を失ったためであり、そのまま同等の条件で対峙する不利を跳ね返せずスタンガンによる逆襲を食らい、敗北。
 まあ、催涙スプレーを吸入してしまうという計算外の要素がなかったわけではありませんが、そう大きなミスとも思えません。要するにつまり、梨花はもともと勝機のごく限られた戦いに臨んでいたわけです。
 とりあえず、醤油を貰いにきて、「自分で瓶に入れる」とあがりこみ台所までついてきたという事は、醤油がそれなりの大きな容器に入っていて(この辺りは回覧板の文面からも予想する事はできる)、それを取り出すか開放するかする為、詩音が一瞬の隙を見せる――その隙を突き、勝利を得る。
 梨花もこの流れまでは、あらかじめ読んでいたものと思われます。
 ただ、梨花がこれをイコール勝利の方程式と見なすには、よほど襲撃の技量に自信がなければいけません。より具体的に言えば、一瞬で相手の抵抗力を奪い、素早く注射する技術。
 梨花の実際の能力はいざ知らず、体格も優れない以上、このような状況での奇襲さえアドバンテージを見出せる要素は少ないと言わざるを得ないでしょう。(素早さに自信があったとしても膂力には自信がなかったろうと思う。もし自信があるんだったら、詩音が振り向いた瞬間に催涙スプレー使うよりも、床下収納を調べる詩音の後頭部にずっと持参してた醤油の大瓶振り下ろす方が効果的だろう。←注射の時間を稼ぐ上でも)
 ――そして、結果から言うと、梨花は失敗しています。



 詩音に強制的に注射をするのが目的だったなら、それこそ鬼隠し編ラストのように、注射する人間と行動の自由を奪う人間、最低でも二人は必要となるでしょう。
 しかし梨花はたった一人でやってきて、一人で注射器を手に詩音へと襲い掛かりました。
 単独行動をせねばならない理由があったにしても、博打の要素は消しきれません。
 奇妙な点、と言えます。



 そして、催涙スプレーでは短時間の無力化しかできない以上、それ以上の攻撃手段を持たないならば、梨花は敗北せざるを得なくなります。
 催涙スプレーと注射器しか携えていなかった以上、この催涙スプレーは、注射の間を稼ぐための撹乱用、と考えるべきでしょう。
 そう考えてゆくと、注射器の中の液体の効果は、“即効性で、詩音から完全に抵抗力を奪わせるもの”でなければなりません。
 遅効性であれば薬効が現れる前に詩音より反撃を受ける可能性が高いです。
 また、注射した相手から完全に抵抗力を奪うものでないと、やはり詩音から反撃を浴びざるを得ないでしょう。
 ――ですが。
 注射器を奪われ逆に注射を見舞われた梨花の反応は、その“即効性で、相手から完全に抵抗力を奪わせるもの”である筈の薬効に相当しないのです。



 そう述べる理由についてですが、
 結果的に梨花は包丁で自らを刺し、最期には自分の手で喉を開きさえし自殺を遂げます。
 しかしながら、この異常な行動は、注射された薬物の効果とは思えないフシがあります。
 なぜかと言うと、注射の後、梨花は脂汗を流しながら奇妙な呻き声のようなものを漏らし、酩酊に似た症状を示し始めます。
 これは明らかに、「注射の効果が現れている」という事だと思われます。
 しかし梨花は、「拷問狂。あんたの誘いは断るわ。」「私はこの辺で退場させてもらうわ。お前なんかに殺されてたまるか」などと、「余裕さえ感じさせる冷静極まりない言葉をあの不気味な笑みと共に残してから」、あの異常としか思えない自殺行為を計るのです。



 つまり。
 あの薬物の効果が「自殺の促進」だった、などと仮定した場合、


 1.梨花は薬物が効果を発揮したため自殺した
   →   これだと薬物に強制されての自殺という事になるのに、また実際に現れている体調変化の度合いから言っても、あのような余裕ある態度を示せるとは思えない。

 
 2。梨花は薬物の効果が自殺の促進であるとあらかじめ知っていたので、効果が出る前に自殺した
   →   脂汗をかき奇妙な呻き声を上げている。薬効が現れていないとは思えない。


 となるわけで、「自殺促進」というその薬効に関して言えば成立し得ない、と思われるのです。
 (まあもちろん、注射器の中に入っていたのは詩音に害はあっても梨花にはさほど害のない薬物だった、という可能性もありますが――同じ薬物を使用して両者間で効果の差が出るという事があるとしても、その理由がわからないと何とも言えません)
 では注射器の中に入ってた液体は何だったんだよ、という話になりますが、
 それは少なくとも、梨花に注射すると脂汗をかかせはにゅーはにゅーと呻かせることになる何か、でしょう。
 加えて言えば、即効性で抵抗力を奪い去るわけでもない何か、ですね。


 また、梨花はなぜ自殺したのかについても理由がよくわかりません。
 この拷問狂が・退場させてもらう・お前なんかに殺されてたまるか…などの台詞から、少なくともあの状況では梨花が確固たる自分の意志で死を選んだというのは解ります。
 ただ、なぜ死に急いだのでしょうか。
 このまま対峙しても敗北が決定しているだけ、と踏んだのか。
 あるいはまた別の理由があるのか。
 これに関しては全くわかりませんね。


 さて。
 梨花の奇襲にはまだ不審な点があります。
 それは詩音に首尾よく注射したとして、
 …って申し訳ない、そろそろ眠気が限界です。続きは明日。