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さて、前回の続きですが。
梨花は詩音に首尾よく注射してのけたとして、それで一体どうするつもりだったのでしょうか。
注射器の中身に関しては、正直あまり、抵抗力を奪う薬効とは思えないのですが(前回の考察参照)…
まあ、「強引に注射をしなければならない」という状況自体、「容態や精神状態が不安定なせいで暴れる患者をおとなしくさせる」だとか、あるいは、「街に下りてきたクマを殺さず捕まえる」とか、そのようなケースでしか見受けられません。(クマは麻酔銃…)
恐らくは詩音を殺すつもりはなかったのではないか、と思われます。
――もちろん、「妙な薬剤を注射する事によって、結果的に自殺を装わせる」という可能性もありますが、…この可能性は恐らく低いでしょう。
そう思う理由。
仮に、詩音があの注射をされてしまったとして、注射された梨花が(どこか冷静な態度で)見せたような、あの首をかきむしる壮絶な死を遂げたとします。
で、そのような未知(あるいは既知)の薬物を用いて自殺を装わせる以上、「犯人」も「凶器」もその場にあってはなりません。
注射器は隠蔽され、梨花もまた、そもそも詩音の死の現場に立ち会っていなかった、という状況を作らなければなりません。(恐らく、注射器を持ったまま遺体の第一発見者になるわけにもいかないので、その場での通報はしないでしょう)
しかしながら、これはかなり難しい隠蔽工作とならざるを得ません。
まず、注射痕の問題があります。
遺体に注射痕が残ってしまえば、体内から薬物が検出されなかろうが何だろうが、生前に何かを注射された、という可能性が浮上してしまいます。
これを消さねばなりませんが…あらかじめ、注射後に無数に傷つけられることになる首目掛け注射できればいいのですが――そもそも無理に注射するだけでもあの一苦労です。
注射痕を隠蔽するのは――あの状況では、難しいといわざるを得ません。
そして仮に、うまく注射痕をごまかせたとしても。
園崎家の台所に立ち入る理由を持たない、梨花の痕跡が残ってしまっていては意味がありません。
緊張時の脱毛による毛髪やら指紋やら――それらが現場に残されていないか確認しようにも、既に現場は血の海。拭き取って調べる訳にもいきません。
また、そのような、他者の介在した証拠が「自殺」現場に残っていなかったにしても、
梨花は同居人の沙都子に「園崎家に醤油を貰いに行ってくる」と言い残した上、醤油の大瓶を持って園崎家までを移動しています。
園崎来訪は知られている上に、何人にその姿を見られているかもわかりません。
そして、醤油を貰う隙を突いて注射しようとするのは恐らく計画の内と思われるため(でなければわざわざ台所までついてゆかない、玄関でも途中の廊下でも、後ろから襲うか無理矢理隙を作るかして行動に移せるはず)、梨花は結局醤油を貰っていません。
血だらけの床の下から醤油を取り出すのは不可能です。
また空の瓶を持って帰ったら、沙都子は不審に思うでしょう。
「行ったけど家人不在のようで貰えなかった」と言ったりするのもあまり効果があるとは思えません。
何故ならこの日の来客は梨花一人のみ。
目撃証言から、のちのち疑われる事は確実です。
また、そもそも詩音を殺すつもりだったなら、「醤油を貰いにゆく」という名目は避けるはずだと思われます。(村内回覧板で醤油が余っているという通知を園崎が出している。殺人を犯す目的で来訪するのなら、村内を醤油の瓶を持って移動するのは避けるはず)
つまり、梨花は注射器片手に詩音に襲い掛かりはしているものの、襲撃時前の行動から判断すると、その意図が「詩音の自殺に見せかけた殺害」にはどうしても思えないわけです。
となると梨花は詩音をどうするつもりだったのか。
先程の“街に下りてきたクマ”の例えではありませんが、「抵抗力を奪い、どこかへと連れていくつもりだった」というのは十分に考えられる線です。(注射器の中身が問題ですが…)
しかしこの可能性もなさそうです。
何故なら、梨花は詩音よりもずっと小柄であり、詩音の体を運ぶのは無理があります。
移動手段も自転車。人を運ぶには適しません。
また、園崎家を訪れた梨花にバックアップはついていませんでした。
詩音をどこかへ運ぼうとするのなら、その体を運ぶことのできるだけの人物と、移送に適した(移送を悟られない)乗り物が必要となります。
台所で二人が乱闘しても、詩音が啖呵を切っても、目前の死の衝撃に人ならぬ絶叫を上げても、誰も邸内に侵入してはきませんでした。
また、その後「梨花がお邪魔していないか」と電話をかけてきた沙都子が、誘い出されてやってきますが、詩音は何の問題もなくその略取に成功しています。(描写さえない)
以上から、園崎を訪れる際の梨花は本当に誰の協力も得ていなかった、と推測されます。
また同様に、詩音をどこかへ運ぶつもりもなかった、と思われます。
じゃあ、
自殺に見せかけて殺すつもりもなく、
抵抗力を奪うなり何なりしてどこかへと運ぶつもりもなかったというのなら、
梨花は一体、詩音をどうするつもりだったのか。
…私は、「梨花は殺されに来たのではないか」などと考えております。
つまり、
・醤油の瓶を持って村内を移動したのは、「目撃された私が一番最後に向かったのは園崎家ですよ」という村内へのアピール。
・沙都子に行き先を言い残したのは、沙都子の口から他の人に漏らさせるため。(これは失敗した)
・園崎家着後、自殺に使用できる刃物の置いてある台所まで案内されたところで、詩音に襲い掛かり、返り討ちに遭うように仕向ける。
・注射器の中身は酩酊成分の含まれた、痛覚を麻痺させるような何か。が、詩音には違う効果を持つ薬物、と思ってもらう必要があった。
・ただ注射器を持って襲い掛かっただけでは、単に小手先であしらわれ、注射器を取り上げられ警察に回されてしまう可能性もあった。そのため、催涙スプレーを持って襲い掛かった。
・詩音が苦戦し、最終的に注射器を自分に注射してしまうよう仕向けた。
・注射された後、適当な酩酊効果が現れた後に、富竹の死をなぞった自殺を遂げる。(ただし、直接の致命傷は刃物による傷でしかない)
・詩音は梨花が「刺客」で、「自殺させる薬物注射」を手段として襲ってきたと思い込む。
といったような考えです。
この考えだと、梨花は何らかの目的のため自らの命さえ投げ出すとんでもない人物という事になってしまいますが、しかしこの解釈だと、「同日昼の梨花の校舎裏での圭一に対する発言」もまた、理解ができるような気がします。
* * *
梨花「自分がきっとなんとかしてあげる。
ちょっと大変だけど頑張る。(「園崎に消されますよ」とアピールしながら園崎を訪れ詩音の目の前で返り討ちに遭い注射されて死ぬように見せかけて自殺→確かに大変)
自分が頑張らないと、犬さんも大変な事になってしまうと思う。(大災害でみんな死ぬ)」
* * *
目明し編で明かされる通り、綿流し編の後には大災害が起きませんでした。
暇潰し編において、梨花は五年後の自らの死を「多分、きっと、恐らく。その死は、ハンカチか何かで口を塞がれ、意識が遠くなって、二度と目覚めないような慈悲深い形で行われる」と語っています。
梨花の語る自らの死は、綿流し編での凄絶な死に様には相当しません。
ただし、祟殺し編・暇潰し編に関して言えば、(遺体の惨状はともかくも)その死に至る経過は意識を喪失させられた後に発生した、という可能性が指摘され(暇潰し編大石の台詞より)、また、死に顔も眠るように安らかでした。(祟殺し編遺体発見時状況より)
梨花が五年前に語った死は、こちらが該当しているように思います。
そして梨花は同時に、「その自分の死は誰の都合かわからない」とも言っています。
乱暴な推理ではあるのですが、綿流し編においてああいう死に方をしている梨花は、「暗殺に失敗して殺されそうになったから自殺した」のではなく、「自分の都合で死にに来た」のではないだろうか、と私は考えます。
なぜそんな事をしたのか、についてですが、恐らくその行動原因は詩音の側の態度(暴走し古手家に圭一の始末を依頼)ではなく、圭一の発言にあるような気がします。
あの、梨花死亡当日の校舎裏での「犬猫問答」ですが、若干会話が食い違っている部分がありまして、三人称として用いられている“犬”“猫”には、それぞれ該当する人物に関して、両者間に違いが見受けられます。
要するに、圭一の語る“犬”を、梨花は誤解しているフシがあります。
で、その誤解からと、詩音の暴走をどうにかするために。
梨花は詩音に「富竹の直接死因となった薬物を詩音に注射しようとして逆に注射され自殺し」た、と思わせなければならなかったのではないでしょうか。
つまりは、いくら御三家を探っても締め上げても祟りの執行者を吐かない御三家連中に不審を覚えるはずの詩音に、御三家を中心とした人の手による「祟りシステム」の実在、を信じさせる必要があったと。
で、その努力の結果として、大災害が抑止される、と。
って、…わけわかりませんねこの推理。
でも、「自分がどこへ行くかキッチリ言い残してからやってきた家でいきなり奇襲をかけ、しかもそれに失敗し追い詰められた挙句、やけにあっさり自殺してしまう」梨花の行動理由を探すと、どうしてもこういう結論になってしまう…。
つうか、こういう考え方をしていくと梨花がC†Cの「固有美希」に見えちまってしょうがない…。
ああー。わけわからんです。
次の「罪滅し編」は出題編の裏ではないそうですね。
これをプレイする際には、それなりの統一見解を立ててから臨みたいです。
夏まで頑張ります。てもう夏か。
* * *
最後に、暇潰し編の赤坂セリフより。
赤坂「――思えば、殴られたり蹴られたり銃を向けられたり。
相当な抵抗を受けたようにも感じるが、それすらも茶番だったというのだろうか。」