<圭一の最期関連・いくつかの謎について>


鬼隠し編終盤での圭一を気絶させた人物は?)


 鬼隠し編終盤、レナに追われて逃げる圭一は二人の謎の男達に出くわし、金属バットで応戦するも気絶させられます。
 そして目を覚ますと家の自室におり、事情の説明を求めたレナは「圭一が自分で起き上がり家まで歩いてきた」と語ります。
 この二人の正体は一体何なのか。


 解釈:やはり山狗の一員かと思われます。


 この男達の挙動に注目したいのですが、金属バットを携える圭一に対し、躊躇無く素手で襲い掛かってきます。
 圭一の一撃を浴びたものの、すぐさま左右にブレイク→腹パンチ→締め落とし。
 この流れから見て、少なくともまず抵抗力を奪う事が目的であったと察することができます。
 たった二人で無刀のままバット振り回す相手に立ち向かい、打撃を受けても怯まなかったことを考えると、やはりこの二人は素人ではなく、それなりの暴力のプロフェッショナルである事が推測されます。


 この段階ではもう既に、魅音は、圭一の医療施設への保護を依頼していた…あるいは見越していたとしてもおかしくありません。
(のちに前原家を訪れる魅音は、監督への電話をしたかレナに確認していますし、またペンと思われる物体を用意してきて、圭一を富竹と同じ目に遭わせようとする…すなわち、シャツの胸に別れの寄せ書きをしようとしています。「元気になぁれ」と言いながら)
 ゆえに、園崎組の方から暴走気味の圭一を保護する為の人数を出させ、レナの行く手に先回りさせて圭一を取り押さえさせた…と見ることもできます。


 ただ、ここで二人の外見上にさしたる特徴がなかった部分にも注目すべきかも知れません。
 服装はラフで、一見、その辺を散歩しているような感じ……圭一の受けた第一印象からは、この二人が園崎組の人間というよりはむしろ周囲に溶け込むのが任務である山狗の人間である、という感触をより強く覚えます。
 人数の少なさ、打撃を受けても怯まない冷静さ、意識を落とすまでの無駄のない連携、バットを振り回す相手に対しての無言のままの冷静な対処、などから総合して考え、やはりこの二人は園崎組の荒事屋などではなく、患者拘束要員にあたる山狗の実戦担当の一員などではないかと考えます。


 のちにレナからの連絡を受け、入江ともども男達が白のバンで大挙して訪れる点から察するに…


 ・風邪で来診した段階で既に、入江は圭一の発症傾向にある事を把握していた。
 ・監視していたところ、症状の露出が顕著になってきたため、患者としての拘束を決定した。
 ・決行を前に山狗が張っていたのだが、その圭一がレナと揉め、あちこち逃げ回っている内に目標をロストしてしまった。
 ・うち二人が付近を探索中、圭一が一人で森の中から現れたため気絶させ確保した。
 ・ところが連れて行こうとしたところでレナが現れてしまった為、怪しまれる前に一時撤退。
 ・レナは意識を失った圭一の前に居る二人の正体がわからなかったが、圭一を置いて二人を追うわけにもいかなかったので、とりあえず圭一を担ぎ、寝かせられる自宅へ戻る。
 ・意識を取り戻した圭一にその事を訊ねられたが、圭一が謎の男達に襲われていた事や、その正体不明の男達が去ったことなどを伝えても、今は圭一を不安がらせるだけだとわかっていたのでとぼけた。


 …このような流れだったのではないかと思われます。




(時計の裏からメモの中央三行部分やマジックを取り除いた人物とは誰か)


 圭一の部屋の時計の裏から見つかった遺書には、中央の三行部分と添付したはずのマジックらしきものが見当たりませんでした。
 先んじてこれを発見し、これらの部分だけを除去したのは一体誰なのでしょうか。


 解釈:山狗と思われます。


 除去されていた三行部分は以下の通りです。
“バラバラ殺人の被害者をもう一度よく調べてください。生きています。
 富竹さんの死は未知の薬物によるもの。
 証拠の注射器はこれです。”
 そして、恐らくはマジックが貼り付けられていたと思われるわけですが…


 まず、前原邸二階の圭一自室、殺人現場に真っ先に到着したのは入江と山狗達だったと推測されます。
 電話ボックスからの最期の電話までに、圭一は山狗と思しき男達に追われていたと考えられるわけなんですが…彼らが全員で追いかけたとは考えられません。
 何故ならば前原邸二階には症候群患者の犯した殺人の痕跡がまざまざと残っていますし、山狗の任務には患者の拘束のみならず症候群に関する情報の流出阻止も含まれます。
 恐らくこの状況下で山狗達が取れる一番いい方策は、圭一を捕まえ人知れず診療所に拘束してしまう事だったのだろうと考えられるわけですが、圭一が逃げ延び電話ボックスから警察に連絡した段階で、警察の現着へのリミットが切られてしまいます。恐らくこの段階で圭一の拘束は断念されたものと推測されるわけですが、しかし前原邸の方ではまだやらなければいけない事が残されています。
 それはすなわち“症候群患者による”犯行の痕跡抹消です。
 犯人が症候群によって引き起こされる諸症状を呈していたという憶測を捜査側に与えるわけにはいきませんので、幻覚や被害妄想を感じさせる遺書の類があっては非常に困った事になります。前原圭一は以前に精神病院への通院歴などもなかった様子なので、この突発的な精神疾患の発生は大きな謎として残ってしまいます。
 前原邸は無人。圭一は裏口の扉を開けそのまま逃走。殺害現場となった部屋は滅茶苦茶に荒れていますし、また掛け時計の裏にマジック付きのルーズリーフを隠した時の圭一はひどく慌てていました。
 …恐らく、簡単に見つかってしまったのではないかと思われます。
 機密保持の為、当初山狗達は遺書そのものを持ち去ろうと考えたのではないかと思われますが、しかし遺書がなかったら、それはそれでおかしくなった少年の突発的殺人で片付けられてしまい、結局圭一の突然の変調に疑いの眼が向けられる事となるでしょう。
 圭一の殺人に対し、症候群の症状である被害妄想以外のもっともらしい理由を“与える”には、彼が連絡を取り合っていた大石の見込みに沿うような「殺害に至った理由」が必要となってきます。
 すなわちそれはオヤシロ様の祟りであり、裏に見え隠れする園崎家の暗躍であり、怪しい実行犯らしき連中の存在です。
 遺書に残されていた文面だけを読む以上は、まるで圭一が誰かに付け狙われていたと錯覚せざるを得ず、そして同時に大石は自分の読みが当たったと誤解するわけです。
 同時に、圭一が精神に異常をきたし理由無き犯行に及んだ、という線はこれで潰されます。
 以上の理由から、機密保持を任とする山狗達は、警察がちゃんと調べたバラバラ殺人の被害者が生きているとか、注射器としてマジックが貼られているとか、遺書の内容がすぐさま妄想と即断されるような部分のみを削除し、捜査誘導を目論んだ…と考える事ができます。

 
 …また、上とは違うひとつの考え方として。
 富竹の死が本当に未知の薬物によるものであり、そしてその死が本当に注射器によってもたらされたものであったという事にも注目すべきかも知れません。
 圭一がこのように書いたのはただの偶然の結果であるわけですが、しかしこの真実を知り得るのは鷹野と山狗のみのはずであり、ゆえに過剰反応した山狗が「圭一が何らかの理由で真実を知り得ている」と勘違いし、切り取っておいたとも考えられます。
 また、「圭一が診療所や富竹の死に関して何か真実を掴んでいたのかも」と思って見ると、そのすぐ上の「バラバラ殺人の被害者をもう一度よく調べて…」という書き方もいかにも紛らわしいものと言えます。
 圭一は単に、入江の「監督」という呼び方を耳にし、惨殺された工事現場監督が生きているという妄想に取り付かれてこう書いただけなのですが、当の山狗達からしてみれば、自分達に攫われ生体のまま何ヶ月も解剖実験に処されたバラバラ殺人の主犯もまた、十分に被害者といえる存在かも知れません。
 まあ、この解釈は穿ち過ぎかも知れませんが、しかしバラバラ殺人の犠牲者ではなく被害者という書き方と、生きていますという確信めいた言葉を見て、引っかかりを覚える人間は山狗にも警察側にも出るかも知れません。
 つまり。バラバラ殺人にて失踪した主犯はどこかへ逃亡したのではなく、何らかの事件に巻き込まれ失踪した…と考えられ、再捜査される恐れがわずかにでも出てくるかも知れません。
 圭一が真実に触れたと誤解したが為に、見当違いの事を書いただけの三行部分を削除した…のかも知れません。


 昭和58年で定年となる大石が捜査継続を願い、圭一の遺書から妄言とはっきりわかる部分だけを切り取った――という解釈もあるのですが、しかしこれは罪滅し編での大石の態度によって否定されているように思います。
 罪滅し編にて、レナの語る壮大な悪の計画を信じ込み捜査を進めようとしながらも、レナの抱えるスクラップ帳(の同類)の中身を知った大石は、あっさりと手を引っこめました。
 また。妄言かも知れない遺書の内容を信じ、妄想に取り付かれていたかもしれない殺人者の危機意識を捜査陣に無理に信じさせ、そうまでして自分の見込み通りの捜査を進めたところで、何か出てくる保証があるというわけでもない――そのくらいの事は、大石にもわかっていただろうと思われます。
 ゆえに、大石は遺書の改竄は行わなかった、と考えます。




 とりあえずこの二つの謎については上のような解釈を当ててみました。
 圭一の遺書の切り取られた部分に、「当たっている」内容が含まれているというのは、やはり真実を知るものの仕業…つまり、切り取ったのは山狗か鷹野、て事を表しているのだろうと思われます。