六花の勇者 書評

          *** 神主様のありがたいお言葉 ***


ククク……よくぞ来た、勇者よ。
神社に勤めるのに信仰心が必要だと思っているようだが…、別になくても勤まる。







六花の勇者



王道ファンタジー小説の良さは何かと言われれば、それは、現実から遊離した自由な世界観のもたらす解放感と、キャラクター達の備える非現実的なまでの清潔感・清涼感に尽きると思われる。
この物語の導入部分はまさしく王道ファンタジーであり、現実離れした解放感と清涼感を味わわせてくれる。
定期的に魔王が復活する世界で、神に選ばれ六花の紋章を背負う個性豊かな勇者達が集い、魔王領目がけて進撃してゆく。
しかしながら、六人のはずの勇者達がなぜか七人集まった・・・という一事によって、話はまるで正反対の方向へと転がってゆく。
寸分違わぬ紋章を宿す仲間達のうち一体誰が七人目なのか。
そいつは魔王の遣わしたスパイなのか。
人類の裏切り者なのか。
六花の勇者を全滅させようと狙っているのか。
互いに背中を預けて戦えるような状況ではなくなり、勇者達の信頼感や絆は育まれる前に消え失せ、しかしながら敵は迫り、魔王復活までの時間制限もある中進撃を余儀なくさせられ、魔物に対峙してもパーティープレイではなく互いを監視しつつの個人戦闘を常に強いられ、実力ある勇者達も徐々に疲弊してゆき、面倒だから皆殺しにして自分が魔王を倒そうと公言する独善主義者、他者を深く疑いつつも身動きの取れず表向きパーティーを維持する者、それでも仲間達を信じようとする者・・・等々、個々人の思惑により勇者達の結束はさらにズタズタになり、個々人の協調性のない行動により状況は混迷の一途を辿り、新たに生まれた謎がさらなる疑心を呼び・・・と、
「勇者が一人多い」という一要素により、一気にこの話は解放感と清涼感を失って人間同士の生々しい駆け引きや疑い合い、醜い争いや同士討ちに話の主役を奪い去られ、そして物語はファンタジーからミステリーへと見事な変貌を遂げる。
ミステリーの王道たるクローズドサークル、そして密室もきちんと登場し、魔王を倒すべき重責を担う勇者達は、閉鎖環境下で際限なくお互いを疑い合い、殺し合う。
全編通して漂う「こんな事してる場合じゃないのに」感は半端なく、さっぱりした語り口も相まって、何とも表現しようのない混乱の物語に仕上がっている。ミステリーにファンタジーを持ち込んで叩かれる作品は枚挙に暇がなく、また本書のようにファンタジーにミステリーを持ち込む作品も既に前例はあるが、各種設定の妙、キャラクターの面白さ、展開の混迷具合、ストーリーの疾走感など、ここまでの完成度を誇る作品にお目にかかった事はなかった。


初めからわかっている事ではあるのだが、謎が解かれ犯人が姿を現しても結局どうしようもない事に変わりは無く、そして、物語の最後にほとんど暴力的と呼んでもいい展開で追加されるさらなる謎。


この作品の前評判はいろいろ聞いてはいたのだが、読んでみてなるほどと実感する思いであった。ここまであれこれ書評を書いておいて何だが、確かにこれは読まねば面白さがわからないし、伝わらない。当初は、面白いという評判なら古本で買って読んでみようかくらいに考えていたのだが、これは古本で買っていたら後悔する作品だった。行きつけの古本屋に並んでいなかったのも頷ける。また、伏線消化など、一巻でかなり「やりきった」感のある物語でありながら、次巻以降も展開が気になるストーリー構成には舌を巻く。


地の文の読みやすさがミステリー向けでもあり、作者のセンスがうかがえる。新人だろうか、と思って後書きを読んだところ、作者は「戦う司書と恋する爆弾」でデビューした人だった。あれも古本屋で買うべきでなかった作品である。続刊と作者の今後に大きく期待したい。



【ダークフレイムマスターとは関係ありません】