ヘヴィーオブジェクト 70%の支配者 書評

       ***   神主様のありがたいお言葉   ***


         お客様は神様なんかじゃない。私が神様だ。





前述の時間泥棒の呪縛から逃れてようやくいつもの生活スタイルに。
ひさびさの露天風呂が身体に染みわたる中、新刊を浴びるように読んだ。
【へヴィーオブジェクト 70%の支配者】

学生と貴族の御曹司が軍属らしい口の悪さで軽口の応酬を延々と繰り広げるこのシリーズもはや何作目になろうか。
舞台は近未来、エリートのあやつる巨大兵器のみが支配するクリーンな戦場下において、歩兵二人が馬鹿やりながら泥臭く走り回り、最終的に戦況をひっくり返す…という基本的で王道な話の筋は今作も変わらない。
そして同時に、なんとも鎌池和馬らしい、
描写における概要と省略の連発でわかりやすく情報量を詰め込まれた文体、
そして軽妙な会話のキャッチボールによって維持されるハイスピードな話のテンポ、
また固有名詞すら出さずに記号と属性で描写されるキャラクター達、
さらには読者がついてこれるギリギリを想定しているかのような細く長い話の筋、
最後に無駄な肉を限界まで削ぎ落としたかのごとき物語の骨子、と、
作者の文章の長所を余さず生かした作品である事にも変わりはない。
デビュー以来、「とある魔術の禁書目録」シリーズ一本でやってきた鎌池もここ数年いくつもの新シリーズを展開しているが、続刊が最も楽しみな作品である。
本シリーズの一作目において、救出対象となり戦友ともなったヒロインの固有名詞を一切出す事なく“お姫様”という呼称のみで片付けてあの厚い本一冊分の長い長い話を終える、という壮挙をなしとげた鎌池であるのだが、
今作においては、主人公の馬鹿二人の片割れで下品な御曹司であるところのヘイヴィア、その家族的な存在がようやく登場する。シリーズ始まってから何作目かという話である。超いまさらである。
貴族のヘイヴィアが上等兵なんぞやっている理由についてはシリーズの二作目あたりで軽く触れられておりその折は婚約者も登場していたのだが、そこではおおまかな家庭の事情のみを語られるに留まり、ヘイヴィア自身もまたあくまでも行動力のある一歩兵というスタンスを貫くのみであった為、生家の財力や家庭状況を思わせるものはこれまで何一つ登場してきてはいなかった。
ちなみにもう一人の片割れで、ヘイヴィアよりも主人公ポジションに近い位置にあると言えるクウェンサーについては、これだけの文章を連ねてこれだけの巻数を数えながら、平民で理系の学生で戦地留学をしているという事以外何もわかっていない。ある意味すごい。
そのキャラクターに当てはめられた記号と、そのキャラクターの属する属性のみで人物描写をやり切ってしまう鎌池の手法には、毎度ながら恐れ入る。
その凄さをわかりやすく表現するならば、たとえばラノベには表紙見開きのところにカラーイラストがついているのが普通なのだが、このカラーイラストに大勢、名前のないキャラが登場する。そして彼女らは本編においてもきちんと、ヒロインとして振舞ったり相棒として動いたりしている。なのに名前がない。なかなかできる事ではない。
さて本書の内容についても触れておくと、相も変わらずの寄り道ミッションから始まって(また軽く死にかける)、今回は“島国”の海上防衛圏を巡る内戦が主な舞台となる。“島国”っていうのは固有名詞を避けられているが要するに近未来の日本である。
若者が減り、国防を担う者がいなくなったので、移民を受け入れたり外国籍の民間軍事会社に発注したりして、高い技術力の粋を集めた兵器群を任せ、海上防衛を任せたところ、あっさりと乗っ取られました……というのが内戦の事情である。
ヘイヴィアの叩いた軽口である、「そんな奴らに防衛を任せて、死ぬまで戦うと本気で思うとか、馬鹿なの? 自殺志願なの?」という一言がとても痛々しい。
鎌池は相変わらず容赦がない。
まあ、神主というのはそもそも、オッス、オラ極右!と言わんばかりの非常に右寄りな言動を強制される仕事なので、右っぽいものを見かけるとすぐに(拒否)反応してしまう体質にどうしてもなるのだが、その私の目から見てもやはり、鎌池は割と右寄りな作品を書くよなあと思う。
日本と地理情勢の似通ったイギリスや、あるいは近未来の日本をモチーフにして、世相を皮肉った事を書いて時事ネタを織り込んでくるのはまあわかるんだが、結構熱いというか、“国士”っぽい書き方をしている気がする。
ああ一応説明しておくと国士というのは国の為を思い憂う人の事であってまあ要するにお金大好きな私の対極に位置する人々である。好き好きお金超大好きー。
ちなみに神社界には国士様がたいへん多いのでとても胸糞悪い。私は飯を食う為に神主をやってるだけなので連中の口だけの青臭い書生論も愛想笑い浮かべて聞き流しはするが、正直言って耳障りだ。毒にも薬にも金にもならない話をグダグダと、ホントどうでもいい。まあその話はいい。
かつて北野武が、「テレビでは真ん中よりもちょっと左寄りの意見をした方がうける」と発言した事があるのだが、やはりネットや、ひいては漫画やアニメやラノベあたりでは、ちょっと右寄りの意見をした方がうけるという事なのだろうか。大きいお友達相手には特に。
おっと本書の内容から話がそれた。
さて、クウェンサー達は“正統王国”ことイギリスの軍隊なので、派遣軍として“島国”の内戦に干渉する以上はひたすら出血を強いる、すなわち内戦の長期化を狙うのが今回のミッションとなる。
これだけ書くと随分と胸糞悪いお仕事に聞こえるのだが、実際にやるのは“内戦の終結を狙って反乱軍本拠地を襲撃する政府軍の攻撃から本拠地を守る”という事なので、予告無く突然現れて施設の破壊を狙う敵から施設を守り抜こうとする様は正義の味方のようでもあり、あまり胸糞の悪さを感じさせない。
そのミッションの果てに発覚する新たなる敵の存在、そして戦いを経て明らかになってくる大いなる計画……とまあ、後はいつものへヴィーオブジェクトらしい、二時間枠の超大作ハリウッド映画みたいな流れである。
高い技術力ばかりで抜きん出た軍事力を持たない“島国”が、いかにして世界のパワーバランスを崩すか、という計画が登場するのだが、…このあたりの書き方にもやはり国士様っぽいところを感じるんだよなあ鎌池。
もうこの人ラノベで食えなくなっても新書の架空戦記とか書いて食っていけるんじゃないだろうかと思った。
最後に少し気になる点も上げておくとするならば、このシリーズにおける作者の文章の書き方は、読者として想定している層を“物事に飽きっぽい、ちょっと退屈な描写が続くとすぐ本を投げ出しがちな子供”と設定して書いているようにも受け取れる。
しかしながら、この本を実際に手に取り購入する層の人々は、その設定よりは幾分我慢強いように思われる。
もちろんハイスピードコメディとして立派に成立しているし、文体の持ち味を生かしてもいるが、もう少しじっくりと描写して堅実に話を進めたとしても、読者は作品を投げ出さないと思う。
ともあれ。読んでいて退屈はしない、おすすめな作品である。

【ちなみにこのメイドはもっと口が悪い】