神様のメモ帳 書評

    ***   神主様のありがたいお言葉   ***





 金のためにすら働けない人間は、結局何のためにも働けはしない。





実は近々、腰の落ち着かない後輩が職場を去る事になった。
去る事情というのもやはり、腰が落ち着かないがゆえである。(まあ色々な意味で)
神社界というのは大変に厳しい世界なので、年功序列、上意下達、様々な厳格なルールが存在する。
ルールが守れない人間は消えてゆくしかない。
だが、そのルールを守れないのを逆手に取り、逆に開き直って意見具申を繰り返したりご意見番気取りで改革活動したりする者もいる。
もちろんこういう人間も消えてゆくしかない。
無論、神主の養成課程においては守るべき鉄の掟をまず最初にキッチリ叩き込まれるのだが、馬を水のみ場に連れてゆく事はできても馬に水を飲ませる事はできない。
私は会社員経験もあるので、実は神社界で守らされるルールというのが、会社で守っていたルールと基本そう大して変わらないという事を知っているが、理解する気のない人間にものを教える事はできない。
私の目からすると、かれらの背中には、まだヒラヒラした羽根が生えているように見える。
かれらはそのヒラヒラした羽根で気の向くままにどこへともなく飛んでゆき、決して一箇所に居つく事はないのであろう。
…などと昭和の文学者めいた慨嘆を覚えたところで、自分達にしか見えない羽根を持った人々の登場する、この話を思い出した。
神様のメモ帳

 杉井光である。「いつも綱渡り」的な意味で尖った作品を世に送り出し続ける、杉井光の作品である。
 この作者の作品で読むべきものはというとまず第一に「花咲けるエリアルフォース」が挙げられるわけで、“ヒロインは天皇陛下”という爆弾を平然とぶっ込んでくる杉井のマネなんて誰もできゃしねぇよという意味においては、追随不可能な唯一無二の作家でもある。
 脱線はさておき本作の内容に移ると、まずこのシリーズ(現在8巻まで刊行済)のアオリは、「ニート探偵」という単語を強調するものである。これは、ワトソン役をつとめる主人公に対して、ホームズ役をつとめるアリスが「ニート探偵」を名乗っているが故である。
 そういうキャッチーさを差し引いたとしても、この一巻の話運びはシリーズとしてのテーマを深く追究した、非常に魅力的かつ重厚なものとなっている。
 ストーリーとしては簡単に説明すると、転校続きだった主人公が高校に転入し、しばらくは相変わらず浮いていたものの、そこでおばさんめいたお節介さを全力で発揮する級友に巻き込まれる形で、改めてクラスの一員となり、ラーメン屋でバイトを始め、そこを根城にクダを巻くニート達と知り合い、探偵事務所の奇妙なニート探偵と知り合い、脳筋揃いのごろつき集団と知り合い、“探偵の助手”をはじめとするいくつもの居場所を獲得してゆく……というようなものである。
 一巻目という事もあり、テーマの明確化を踏まえてか、ニートに対する描写に多く筆が割かれている。それぞれタイプの違うニートを何人も流れるように紹介し、かつ筆が淀まず描写が濁らずイメージが伝わりやすいままなのは、杉井光の生み出すくだけた文体の美質と言ってもよい。
 主人公もまた、高校二年生というモラトリアムの中に身をおき、何らやるべき事を見出せない中途半端な「精神的ニート」であり、そこをニート達に高く評価(?)されている。
 無論、ニートの明るく楽しい一面のみを描写するに留まらず、筆はニートの暗黒面、直視しづらい一面にまで及ぶ。ニートとそうでない一般人との微妙な距離感や隔意、そのあたりまで端的に描写したところでついに事件は動き始める。
 羽根。きらきらした羽根。そういった単語を口にする、半廃人と化した薬物常用者達が街の片隅で見つかるようになる。しかし彼らを薬物常用者とせしめた薬物は一向に見つからず、また売人も見つからない。
 エンジェル・フィックスを手に入れたくば、見えない羽根を探せ―――残された言葉の謎に、ニート探偵とその助手は立ち向かってゆく事となる。
 見えない羽根ではどこにも翔べず、むなしく墜ちて地に伏すのみである。
 無力さという現実を埋めるための代替物を求めた、その代償は、結局は無力なままの自分である。
 その結末は、何よりも後味が悪く、そして深い。
 厚さはそれほどでもない普通の文庫本レベルながら、ストーリーはとても一巻構成とは思えないほど読み応えである。
 ニートの人や、将来の決まらない学生、あるいは仕事が長続きしない人達にこそ、じっくりと読んで欲しい作品である。
 そして、「ラノベだから」とバカにせず、じっくりと考えて欲しい作品でもある。



 ちなみに私は、金のために(純粋に生活費を得る為に)神主をしているのだが、聖職者というのはどうもプライドが高い連中が多く、己が金の為に働いているという現実を認めるのを忌避し、また、とかく仕事に金以外の価値を求めたがる。
 だが。冒頭にも書いたが、私は、金の為に働くという単純な事さえできない人間が、人格の異なる他者の労働形態を許容する事すらできない狭量な人間が、純粋に理想や教義の為に働く事なんてできるとは、やはりどうしても思えない。
 もちろん、金にならないからそんな事一言も言わないが。
 想像だけの大きな翼を広げるのは、きちんと大空を渡るだけの実力を伴ってからでない限り、ただただ、滑稽なだけである。






【見えない翼で見えない楽園へ】